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ブログタイトル 4

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ブログタイトル 6

管理人の流れ星です、皆さん私のブログ閲覧していただき有難うございます。
私のブログはブログ名のとうりにHR/HM中心にと思ったのですが(笑)ジャンルにとらわれずにビビッと来た、懐かしいと思った
アーチスト、バンドを皆さんにご紹介出来たらと思ってます。
 
  

旧ブログmemory of the musicもお世話になりました。

今はプライベート・モードですがパスワードはお知らせに記していますので
どなたでも、気楽に見れると思います。
ブログ名がリンクしてます、よろしければどうぞ!
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注意事項

 当ブログではアーチスト、バンドの雰囲気、世界観を表現する為、 Wikipediaよりの引用、転載、写真、スライドショー等をもちいた記事となっております。

上記表現方法をご理解tと了解いただける方は”続きを読む”をクリックして閲覧していただければ 管理人凄くうれしいです。

 

Blog birthday 2008・09・21

 

 


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シン・リジィ (Thin Lizzy)
[20081008]


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シン・リジィ (Thin Lizzy) は、アイルランド、ダブリン出身のハードロックバンドである。

シン・リジィの顔って誰、フィル・ライノットの存在が大きいですよね、そのヴォーカルスタイルは非常に独特でチョッと聴くだけでフィルだと分かります、歌うと言うより語りかけるような歌い方でまるで呪文のような時もあります(笑)

そして、ギターリストも一流で当時よく言われていたクレージームーアことゲイリームーア、タイガース・オブ・パン・タンからジョン・サイクスも参加、 実質的に最後となるアルバム「サンダー・アンド・ライトニング」の発表、このアルバムはシン・リジィの歴史の中でも最高にヘビィな楽曲が並んだ名作ですし、上にも掲げているアルバム 「ブラック・ローズ」はゲイリームーア参加でケルト音楽をうまく取り入れた傑作アルバムです。

そして、ツインリードのいつも合い方となる、金髪をなびかせいい男のスコット・ゴーハムはかなりギターうまいです、顔よしテクよしですね。

ドラムのブライアン・ダウニーこの方、職人的な演奏で時々いい仕事してますね~とほんとドラマーのお手本みたいな人です。

このバンドは「ミュージシャンズ・ミュージシャン」でもあり、プロのアーチストからも人気が高くさまざまな曲がカバーされてます、記事の中にも紹介されてますがボン・ジョヴィ、メタリカなんてバンドもカバーしてますよ。

ゲイリームーアとフィル・ライノットの固い絆も感じます名曲「パリの散歩道」そして今回ご紹介する「Out in the Fields」も名曲、二人の故郷アイルランドの地が二人を親密にしたひとつの要因ではないかと感じています。

続きからメイン記事となります、注意事項を了解されましたら覗いてくださいね、有難うございます。

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しばしば「アイルランドの英雄」と形容される。アイリッシュ・ミュージックを取り入れたメロディと、ギブソン・レスポールによるツイン・リードスタイルが特徴(1974年から解散するまでの間、常にレス・ポールのツイン・リードにこだわった)。リーダーのフィル・ライノット没後20年以上が経過した現在でもなお、イギリスやアイルランドでは絶大な支持を得ているバンドのひとつである。

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ヒストリー 

結成からデッカ・レコード所属時代まで
 1969年、ベース&ヴォーカル、作詞、作曲のフィル・ライノットPhilip Parris Lynott(元スキッド・ロウ)を中心に、フィルの学生時代からのバンド仲間であるドラムスのブライアン・ダウニーBrian Downey、元ゼムTHEMのギタリスト、エリック・ベルEric Bellとともにダブリンで結成(当初キーボーディストもいたがまもなく脱退)。

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当初はOrphanage(孤児院)というグループ名で、パブなどで演奏を開始する。ある日、エリック・クラプトンが参加していることで知られるジョン・メイオール・ブルース・ブレイカーズのセカンド・アルバム『ブルースブレイカーズ・ジョン・メイオール・ウィズ・エリック・クラプトン』のジャケットでクラプトンが読んでいる雑誌"Beano"に興味を持ち(ジャケット写真)、買って読んでみるとその中の漫画のロボット・キャラクターの名がTin-Lizzieといった。ライノットたちはその名を拝借し、アイルランド人が発音しやすいように綴りを変え、バンド名をシン・リジィThin Lizzyとした。

Waiting for a alibi

アリバイはシン・リジィー を代表する曲
ツイン・リードがかなでるメロディーは非常に印象が残ります
アマバンドがこぞってコピーしてました、決るとカッコいい曲ですね。


 1970年7月31日アイルランド・パーロフォン・レーベルから初シングル"The Farmer"でレコーディング・デビュー。たまたまアイルランドのシンガーのレコーディング・セッションに訪れたロンドンでこのレコーディング・セッションでの演奏を気に入られたことから、UKデッカ・レコードとレコーディング契約に至る。

 2837112251_60b38f54df_o.jpg 1971年4月ファースト・アルバム『シン・リジィ』をリリースする。初期はアイリッシュ・フォークとロックの融合を基盤としたサイケデリック・サウンドを展開、同年ロンドンでの最初のギグを行う。8月、印象的な詞の作品"Dublin"を収録した4曲EP『ニュー・ディ』を発表.

 1972年3月、『ブルー・オーファン』発表。アルバム自体はフィル・ライノットの書く美しい詞が充実した佳作だが、セールスにはつながらなかった。バンドは次第にステージ・パフォーマンスを含め、ロック・バンドへと様変わりし、ライノットの詞もダンディズムを押し出したものへと変貌していく。。

5597.jpg

 
  Cold Sweat

アルバム「Thunder and Lightning 」からの曲
このアルバムシン・リジィーの中で一番へビィで
もちろんジョン・サイクスの貢献度は大。
この曲の中でも弾きまくってます、カッコいい。



1311875705_ad3a0d3ae8_o.jpg 同年トラディショナルなアイリッシュ・フォーク・ミュージックをロック風にアレンジした『ウィスキー・イン・ザ・ジャー』Whiskey In The Jar / Black Boys On The Cornerがシングル・カットされ、アイルランドで1位を獲得、英国国内でもスマッシュヒットとなる。


善くも悪くもこのヒットによりショウ・ビジネスの中で生き残ることを選択させられる。BBCテレビの長寿音楽番組Top Of The Popsにも初登場。

 1973年9月、エリック・ベルの印象的なストラトキャスターのカッティングで始まる"The Rocker"を収録した『西洋無頼(ごろつき)』をリリース。

しかし、精神的・身体的な理由からベルがこの年いっぱいでバンドを離れる。後にベルはジミ・ヘンドリックス・エクスペリアンスのノエル・レディングNoel David ReddingのグループThe Noel Redding Bandに参加する。


Holy War
この曲も「Thunder and Lightning 」からの曲
ツイン・リードがまたまた印象的なフレイズをかなで
フィル・ライノットも流石のヴォーカルを披露してます。


ツイン・リード・ギター体制の確立
 1974年1月、ベルの代役に同じくアイリッシュ(北アイルランド)のギタリスト、ゲイリー・ムーアRobert Gary Mooreに加入を要請。ムーアは約5ヶ月の間ツアーとデッカ・レコードでの最終レコーディングに参加する。だがムーアはライフスタイルの相違から程なく脱退したため新たにギタリストのオーディションを実施し、スコットランド人のブライアン・ロバートソンBrian Robertson、アメリカ・カリフォルニア州出身のスコット・ゴーハムWilliam Scott Gorhamが加入。ツイン・ギターの4人編成となる。新メンバーにより7月よりアイリッシュ・ツアーを開始。デッカの契約を終結後、ワールド・ワイドな活躍を求めて新たにUKフォノグラム傘下のヴァーティゴと契約、同年10月、グループ4作目にあたる『ナイト・ライフ』をリリース。

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   解散まで維持されるレス・ポール・ギターによるツイン・リードのスタイルにフィル・ライノットの表現力豊かなヴォーカル、ブライアン・ダウニーの堅実なドラミングがマッチし、1975年8月発売の『ファイティング!!』でそのスタイルは確立される。

前後して1975年3月初の米国ツアー(バックマン・ターナー・オーヴァードライヴB.T.O.、ボブ・シーガーBob Seger & Silver Bullets Bandのサポート)へ向かう。なおリジィは、元々はシーガーのナンバーである"ロザリー(Rosalie)"を自らのレパートリーに加えている(『ファイティング!!』収録)。



最盛期から衰退期まで
 1976年3月、代表作ともいわれる『脱獄』を発表。全世界で200万枚を超えるセールスを挙げる。3月より英国ツアー、4月にはシングル『ヤツらは町へ』"The Boys Are Back in Town"をリリース。さらに5月には全米ツアー(REOスピードワゴンREO Speed Wagon、スティクスSTYX、ジャーニーJourney、ラッシュRUSH、リッチー・ブラックモアズ・レインボーRitchie Blackmore's Rainbowらのサポート・アクト)、7月には再び全英で追加公演、とハードスケジュールをこなす。さらに同年8月コンセプト・アルバム色の強い『サギ師ジョニー』を制作(10月発表)する。これら精力的な活動の結果、名実共にシン・リジィはスタジオ・プロデュース作品/ライブ・パフォーマンスともに評判の高いバンドとなる。11月よりプロモーション・ツアー。この時期の熱狂的なライヴは後に『ライヴ・アンド・デンジャラス』としてリリースされる。


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 1977年、前年末に起こったブライアン・ロバートソンの怪我により再びゲイリー・ムーアにツアー参加を依頼。当時コロシアムIIのメンバーだったムーアは同バンドを脱退しないままこの要請を受託し、1月よりクイーンQueenとの全米ツアー"The Queen Lizzy Tour"に参加。帰国後再びロバートソンとともにレコーディングを開始する(プロデュースはトニー・ヴィスコンティ)。9月『バッド・レピュテイション』発表。

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 1978年6月初のライブ録音作『ライヴ・アンド・デンジャラス』発表。7月の全英・欧州でのショウの後、8月にブライアン・ロバートソンの脱退、ゲイリー・ムーアの加入を正式に告知。

その後ロバートソンはレインボーを解雇されたベーシストジミー・ベインとともにWild Horsesを結成する。スコット・ゴーハムをのぞくメンバーはムーアのソロ・リーダー・アルバム『バック・オン・ザ・ストリーツ』の制作に参加。グループとしてはロンドン、パリで新しいアルバムの制作を開始。

Gary Moore & Phil Lynott- Out in the Fields

ゲイリームーアとフィル・ライノットが名曲を残してくれました。
覚えやすいメロディと力強い二人のヴォーカルが聴けます、
ゲイリーのギターソロも秀逸な出来で満足です。


 1979年4月、トニー・ヴィスコンティのもと『ブラック・ローズ』を発表。ケルト・ミュージックと独自の叙事詩を融合したタイトル曲は、力強く、また成熟したシン・リジィの集大成ともいえる名曲である。4月より全英ツアー、9月にはジャーニーJourney、AC/DC、ドゥービー・ブラザーズDoobie Brothersらとの全米ツアーを行う。この最中バンド内でのトラブルから、ツアー中にゲイリー・ムーアが失踪。急遽ヴィサージVisage、ウルトラヴォックスUltravoxのミッジ・ユーロMidge Ureを呼びスケジュールを消化、既に日程を組まれていた日本公演にもメンバーとして来日させてている。

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 1980年バンド存続の為、ピーター・グリーン、ピンク・フロイドなどのセッション・ギタリストをしていたスノウィー・ホワイトTerence Charles Whiteを参加させ、先行シングル「ヤツらはレディ・キラー」"killer on the Loose"をリリース。続くフルアルバム『チャイナタウン』や、鍵盤奏者のダーレン・ワートンDarren Whartonを加入させての『反逆者』(1981年)ではサウンドやコンセプトなどで試行錯誤を重ねて方向性を見失い、1982年、自らのライフ・スタイルを揶揄したシングル"Trouble Boys/Memory Pain"が結果を見いだすことなくなると、ほどなくスノーウィ・ホワイトは離脱する。
 


解散とその後、再編成
 バンドの人気の低下と、スコット・ゴーハムが自身のメディカル・リハビリテーションを望んだことがきっかけとなったことからメンバーはライノットにバンドの解散を提案、さらに彼らの所属先のレーベルもフィル・ライノットのソロ活動のみを良しとする回答を出していた。

 しかしアイアン・メイデンがステージで「虐殺」"Massacre"(『サギ師ジョニー』に収録)のカバーによるオマージュを行ったことや、欧州でのハードロック・マーケットの拡大、ヘヴィメタルの台頭といった当時のNWOBHMブームの中で新たな光明を見出したフィル・ライノットは、ソロ・キャリアーで独立しようとしていた元タイガース・オブ・パン・タンTYGERS OF PAN TANGのギタリスト、ジョン・サイクスJohn Sykesを参加させた。

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 1983年、ジョン・サイクスをソング・ライティングに迎えて制作されたスタジオ最終作『サンダー・アンド・ライトニング』はサイクスとスコット・ゴーハムのギターが激突する最後のスタジオ作品となった。

 3月イギリス最終公演、9日から12日の4日間ロンドン・ハマースミス・アポロ(オデオン)では歴代メンバーをピック・アップしてレコーディングを敢行、不本意ながらも契約最終作としてライブ盤"LIVE/LIFE"(フォノグラム)を作成した。同年4月アイルランド公演、日本での最終公演は5月17日の中野サンプラザ。

 解散後の1985年頃には、ブームタウン・ラッツ時代から前座に起用されるなどしてライノットの世話になっていたサー・ボブ・ゲルドフの依頼により、著名なチャリティ・イベント、ライヴ・エイドでの一日限りのバンドの再編に向けての話し合いも行われていた。

 1986年1月4日、フィル・ライノット、ヘロインの過剰摂取による内臓疾患、敗血症により死亡。36歳。 
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 同年5月、アイルランドの失業者支援コンサートSelf Aidに於いてシン・リジィは一夜のみの再結成を行った。トリビュート・メンバーはゲイリー・ムーア、ブライアン・ダウニー、スコット・ゴーハム、ボブ・デイズリーBob Daisley(元オジー・オズボーン・バンド)。

 1996年からジョン・サイクス、スコット・ゴーハムが核となりシン・リジィの名前で活動を開始する。2004年にはディープ・パープルDeep Purpleのサポートとして全米ツアーに参加。この間にはフィルへの追悼盤や新たなベスト盤が多く発売されている
 2005年8月20日、フィル・ライノットのアイルランドへの功績を記念してダブリン市内にブロンズ像が建立され、式典としてゲイリー・ムーアが中心となって過去のメンバーが集結してシン・リジィの曲が演奏された。

 2006年3月から、英国・欧州でフィル・ライノットの没後20周年を記念したツアー"20/20"が行われた。このツアーのメンバーはサイクスとゴーハムの他に、マイケル・リーMichael Lee(元ロバート・プラント・バンド)とマルコ・メンドーサMarco Mendoza(ブルー・マーダー)である。最近はスコット・ゴーハムも積極的にメディアに登場し、今後も定期的に活動していきたい意向を示している。なお、もう一人の結成メンバー、ブライアン・ダウニーは2006年6月時点でゲイリー・ムーアのバンドに所属している。 。


アイルランド ダブリン市内にある、ブロンズ像

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備考
1970年代中盤、全米ツアーに出ていたシン・リジィのメンバーは、移動の車内でラジオから頻繁に流れるピーター・フランプトンの大ヒットライブアルバム『フランプトン・カムズ・アライヴ』を耳にする。その頻度があまりにも多かったため、フィルは(アルバムの良さを認めた上でだが)ついに激怒し、「こんなもの俺たちにだって作ることができる!」と言い放つ。その結果製作されたのが、リジィのライブアルバムで代表作のひとつでもある『ライヴ・アンド・デンジャラス』である(DVD『LIVE AND DANGEROUS』内のゴーハムの発言より)。 

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主なカヴァー・ヴァージョン
アンスラックス - 「カウボーイ・ソング」をカヴァー。
エバークリア - 「ヤツらは町へ」をカヴァー。
メタリカ - 「ウィスキー・イン・ザ・ジャー」をカヴァー。
プリティ・メイズ - 「リトル・ダーリン」をカヴァー。
ジョン・ノーラム - 「ワイルド・ワン」「甘い言葉に気をつけろ」「オピウム・トレイル」をカヴァー。
ボン・ジョヴィ - 「ヤツらは町へ」をカヴァー。
スマッシング・パンプキンズ - 「ダンシング・イン・ザ・ムーンライト」をカヴァー。
ソドム - 「コールド・スウェット」をカヴァー。
ダブリン・デス・パトロール - 「コールド・スウェット」をカヴァー。
デフ・レパード - 「甘い言葉に気をつけろ」をカヴァー。
ドラゴンロード - 「エメラルド」をカヴァー。
柴田直人 - 「アリバイ」をカヴァー。
ヒューイ・ルイス&ザ・ニュース - 「ヤツらは町へ」をカヴァー。(ライブのみ)

Bad Reputation
シン・リジィーらしい曲でブライアン・ダウニーのドラムが効いて、
それぞれの持ち味が出ています。


ディスコグラフィー
1971年 「シン・リジィ」Thin Lizzy
1972年 「ブルー・オーファン」Shades of a Blue Orphanage
1973年 「西洋無頼」Vagabonds of the Western World
1974年 「ナイト・ライフ」Night Life
1975年 「ファイティング!!」Fighting
1976年 「脱獄」Jailbreak
1976年 「サギ師ジョニー」Johnny the Fox
1977年 「バッド・レピュテイション」Bad Reputation
1978年 「ライヴ・アンド・デンジャラス」Live and Dangerous
1979年 「ブラック・ローズ」Black Rose: A Rock Legend
1980年 「チャイナタウン」Chinatown
1981年 「反逆者」Renegade
1983年 「サンダー・アンド・ライトニング」Thunder and Lightning
1983年 「ラスト・ライヴ」Life
1991年 「デディケイション~フィルに捧ぐ」Dedication: The Very Best of Thin Lizzy
1992年 「BBCラジオ・ワン・ライブ」BBC Radio One Live In Concert
1994年 「ザ・ピール・セッションズ」The Peel Sessions
1996年 「ワイルド・ワン~ベスト・オブ・シン・リジィ」Wild One - The Very Best Of Thin Lizzy
1999年 Boys Are Back in Town: Live in Australia
2000年 One Night Only [live]
2000年 The Boys Are Back in Town(Swedith Collection LTD 2CD)
2001年 Vagabonds Kings Warriors Angers(4CD Box)
2004年 Thin Lizzy Greatest Hits

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(Wikipedia)

 

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コメント
  • 師匠!…よりも from John

    そう、Thin Lizzyは我が師匠と崇めるSykesよりもやっぱりGary Mooreかなぁ~
    「Out in the Fields」はいつ聴いてもかっこええねぇ~Gary巧いねぇ~

    SykesはThin Lizzyへの参加がその後の活躍のきっかけになったけど、まだまだ荒削りだった彼のプレイがこれまたええんよね

    実は地味にScott Gorhamも好きなギタリストだったりするおいらですが、ツイン・ギターにはこういうタイプが欲しい!そんな典型的な例だと思います

    この時代のHR/HMとしてはちょっと異色だった気もするけど、このバンドの、Phil Lynottのよさがホンマにわかったのは自分がそこそこ自信持ってギターが弾けるようになった大学生時代やった…それだけ味わい深さと奥深さを持ったバンドThin Lizzyは素晴らしいね(^^♪

    2008-10-08(Wed) 23:29 | URL | #dp6IxwUE [ 編集 ]


  • 最後を飾るにふさわしい from 流れ星→Johnさん

    Johnさん、こんばんは!
    いやいや、今日はアバが聴きたくなったのでアバをアップしてmickさんとこいったら、あちらもアバでした、やっぱりどこかで繋がってるね(笑)

    前のブログでシン・リジーやってなかったんですよね、
    ジョンさんのおかげでアルバム「Thunder and Lightning 」は
    最後を飾るにふさわしいアルバムとなった事に感謝しますよ。

    このアルバムは名盤だと思います。

    そして、「ブラック・ローズ」こちらも、うまくケルト音楽を取り入れてよかったなー。
    タイトル曲「ブラック・ローズ」は名曲だし。

    >実は地味にScott Gorhamも好きなギタリストだったりするおいらですが
    スコット・ゴーハムもいいよね、意外としっかりしたギター弾けるんですよね、
    コンビを組むにはでしゃばりすぎずにいいんじゃないかな。

    フィル・ライノットの存在は大きいねー。
    これだけ個性を持ってる人もなかなかいないですよ。
    ゲイリームーアとフィル・ライノットのコンビは相性バッチリでね、「Out in the Fields」ほんとよく出来た曲でカッコいい!
    このビデオも中に入った、ゲイリームーアのビデオ貸したら紛失されてしまいました、
    貸すと戻ってこない事が多いですね。

    これだけ、カバーされてるシン・リジーは凄いですよ。



    2008-10-09(Thu) 00:34 | URL | #- [ 編集 ]


  • カッコイイ! from Shannon@Feel Fine

    流れ星さん、こんばんは!

    昨日、少し見に来ました。
    サイクス殿は、やっぱりカッコイイ!(≧∇≦)♪

    Holy War の上の白黒写真、初めて見ましたが、
    お若い殿・・・ですよね?
    最初、手に持っているギターがブラックのレスポールじゃないので、
    アレ?他の人かなぁ~なぁんて思っちゃったんですが・・・。

    「解散とその後、再編成 」のところの
    横長の写真もステキですね~☆。・。・
    見てるだけでドキドキです・・・(*^^*)

    ・・・って・・・
    あ、サイクス殿の記事じゃなく、Thin Lizzyでしたねっ!(^o^;)

    Out in the Fields・・・
    コレ、2006年に初めて見た映像です。
    それまで、Gary Mooreさんって、
    ブルーズのギタリストだとばかり思ってて・・・
    このことは、昨年私のブログでも書いたので、
    流れ星さん、ご存知ですよね。
    で、Out in the FieldsでぶっとびShannon!

    同時に、隣りにいらっしゃる味のある男性はどなた?・・・
    それが初めて見たフィル・ライノットさんでした!
    いいヴォーカルですよね。
    あったかくて深みがあって・・・

    その後、彼の映像もいくつか見ましたが、
    まだまだこれからお勉強の私です。

    アイルランド・・・
    なんだか哀愁を感じる国です。

    また、見に来ますね。

    2008-10-09(Thu) 19:20 | URL | #Anv/byv2 [ 編集 ]


  • Out in the Fields from BILLY

    こんばんは!
    ちょっとお邪魔しにきました。シン・リジィを聴かなかった私でもフィル・ライノットの存在は知っていました。そして「Out In The Fields」を聴いて当時を思い出しました。やっぱり私はフィルよりゲイリー・ムーアなんですね(^_^;)
    でも今回シン・リジィを通してフィル・ライノットの経歴を知る事が出来てよかったです。
    アイリッシュ万歳!ってトコですかね。有難うございました。

    2008-10-09(Thu) 22:05 | URL | #- [ 編集 ]


  • from 流れ星→Shannonさん

    Shannonさん、こんばんは!

    やっぱり、ジョン・サイクスに目が行きましたか。
    彼も今年の7月で49歳になりました、私より年上だったんですね。
    この時代の写真を見ると時間が経過してない不思議な世界、確かにレスポールの貴公子と呼びたくなるような写真ですね(笑)

    シン・リジーにジョン・サイクスがメンバーになったのもフィル・ライノットが誘ったんですよね、この時のシン・リジーは解散するつもりでしたが、フィル・ライノットが凄いギターリストがいるから、彼とアルバム一枚作ってツアーに出て解散しようと持ちかけたらしいのです。

    ジョンも解散を承知の上にメンバーになったんですね、その時にランディーの代わりにオジーからも誘われたそうですが、前々からシン・リジーのファンだった為シン・リジーのメンバーになったそうです。
    フィル・ライノットも自分の弟のように可愛がったそうですよ。
    写真を見ればそんな雰囲気感じますよね。

    そのあとにホワイト・スネークに入るとは思ってなかったでしょうね。
    そのおかげで、スーバーロック84の時、西武球場で2日間、勇姿を拝めましたよ。

    フィル・ライノットとゲイリームーアの絆も深いものを感じますね。



    2008-10-09(Thu) 22:15 | URL | #- [ 編集 ]


  • フィル・ライノットはヒーロー from 流れ星→BILLYさん

    BILLYさん、こんばんは!

    エレファントカシマシの曲よかったですよ。
    やっぱり皆さん忙しいのかな、そんなときに頑張れる曲でしたね、歌詞がいいですよね!

    最近はスローペースで更新してますが記事にすると見えてくるものがありますね。
    私はどうしてもイメージから入る方なんで写真とかビデオ探しがすきなんですが、物言わない写真が語りかける事ってありますよね。
    ブロンズ像が見れてよかったですよ、ダブリンではフィル・ライノットはヒーローなんでしょうね。
    このブロンズ像と一緒に写真とって入るファンの方の写真がたくさん見れましたよ。

    「Out In The Fields」知ってましたか、とてもうれしいです、やっぱりBILLYさんは80年代はお強いですね。

    また参考になる記事書ければいいですね。



    2008-10-09(Thu) 22:35 | URL | #- [ 編集 ]


  • from ちびた

    こんばんは

    シン・リジィ。知ってますよ!やぁ久しぶりに
    知っているバンドが出てきた。

    でも・・・実は名前だけだったりして(^^;)
    ツインリードがすごいっていうことで、バンドの
    名前を知っているですね、たぶん。

    だって当時はあの三大ギタリストとかリッチー・ブラックモアとか
    孤高のギタリストが1人でっていうスタイルのバンドばかりを
    追いかけていた頃でですから・・・

    しかしピーター・フランプトンのカムズ・アライブはすごく売れましたよね、
    Show me the wayのトーキングモジュレータっていいましたっけ?
    口の中がダルダルになりそうなあの演奏(歌)姿は、いまでも
    鮮明に思い出します。

    また違う話になってしまいました(T_T)

    今日はジョンレノンの日ですよね、違うか・・・




    2008-10-09(Thu) 23:10 | URL | #tHX44QXM [ 編集 ]


  • from 流れ星→ちびたさん

    ちびたさん,こんばんは!

    コメント有難うございます。
    あはは、相変わらずですね、かまってもらえてうれしいですよ。

    ツインリードってあまり多くは無いですね、そのころだとウッシュ・ボーン・アッシュなんてのが頭に浮かびますが、サザン・ロックだとトリプル・ギターとかドラムが2つとかありますが、スコーピオンズもそうですが、ルドルフはリズムギターが主ですからね。

    >しかしピーター・フランプトンのカムズ・アライブはすごく売れましたよね
    よくご存知でmemory of the musicで記事にしてますよ、かっこいいおじさんになった写真も貼り付けておきましたね。

    そうトーキングモジュレータですね、ジェフベックも結構使ってましたね。
    70年代がお強いですね、ちびたさんコメントがないと記事終らないから、またコメント待ってますよ。



    2008-10-10(Fri) 00:00 | URL | #- [ 編集 ]


  • from ちびた

    こんにちは

    見ました、ピーターおじさん!
    レスポールもってなかなか格好いいですよ。

    若い頃って確かにいいルックスしていますね。
    あの頃は自分たちも若かったし、そんなことに
    全然気がつかなかったな・・・

    あ、失礼ここはシン・リジィでした(^^;)

    いつもグダグダなコメントですが、そう言って
    いただけるとちょっと安心します。また来ますね!


    2008-10-10(Fri) 13:30 | URL | #tHX44QXM [ 編集 ]


  • 青春の一ページ from 流れ星→ちびたさん

    ちびたさん、こんばんは!

    おぉ、早速見ていただけたのですね!
    いい年の取り方をしたとおもいますよ、笑顔がいいですね。
    あのライブアルバムは半端じゃなく売れてましたね、
    私にとっても青春の一ページですね、うん、懐かしい。

    2008-10-10(Fri) 18:39 | URL | #- [ 編集 ]


  • from chika

    「Destiny」好きな曲です。
    可愛い曲だし。
    久しぶりに聴き心が温かくなりました。

    遅ればせながら、1周年おめでとう!!
    気がつけば、私もだわ。
    これからも、よろしくね♪


    2008-10-11(Sat) 10:41 | URL | #pJH/xWMs [ 編集 ]


  • chikaさん一周年おめでとう! from 流れ星→chikaさん

    chikaさん、こんにちは!

    >「Destiny」好きな曲です。
    聞きたくなった曲をアップしているのですが、彼女はヘタウマ的な感じで歌唱力があるわけではないのですが、声質が私のツボなんですね。
    なんか、切ない感じがしてchikaさんが言われるように暖かい気持ちになりますね。

    chikaさんも一周年になりましたか、おめでとうございます。

    去年からのお付き合いで長くなりましたね、こちらこそよろしくお願いしますね。




    2008-10-11(Sat) 11:56 | URL | #- [ 編集 ]


  • 流れ星さん こんばんわ*^-^ from 諸星輝々

    Thin Lizzyの記事が気になって立ち寄らせていただきました。;^^

    Holy War  味わい深いナンバーですね。

    ライノットのヴォーカルもですが、スコット・ゴーハムの流れるようなギターもいいですね。♪

    それから写真が素晴らしいです。

    彼らもメンバー変遷がかなりあったにもかかわらず、演奏聴いてるとバンドとしての一体感を感じます

    またおじゃまさせてくださいね*^-^*


    2009-03-28(Sat) 00:53 | URL | #Wgi4adpQ [ 編集 ]


  • 有難うございます from 流れ星→諸星輝々さん

    諸星輝々さん、こんばんは☆彡

    イヤー懐かしい記事にコメントありがとございます。
    去年の10月の記事ですかこのブログがスタートした直後の記事ですね。
    70年代のバンドも味があって流れ星も好きですが
    Thin Lizzyはもっと評価されていいと思います。

    このバンドはツインリードが特徴でゲイリー、サイクスとギターヒーロー
    がいたバンドですからね。
    スコット・ゴーハムも目立ちませんがいいギター弾いてますね。

    次の記事はサンタナが登場します、
    諸星輝々さんもお好きじゃないですか。

    流れ星の旧ブログmemory of the musicに
    70年代のバンド記事もたくさんあります。

    パープル、レッドツェッペリンはアルバムごとに
    紹介しております。
    メインのビデオ下のブログ名がリンクしております
    今はプライベートモードですがパスワードも
    お知らせに記してますので見れると思います。

    よろしかったら覗いてください(^o^)/~~~


    2009-03-28(Sat) 11:13 | URL | #- [ 編集 ]


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